恵文社 文芸部

恵文社一乗寺店が提案する、文学同人誌/リトルプレスの即売イベント。 草の根で活動する詩人や作家らによる、自由で風通しの良い作品発表の場です。

フランス的思考

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詩人ロートレアモン研究者で、平成の邦訳全集を手がけた著者が贈る、フランス近代の知と文学のエッセンスをつめこんだ読み物がこちら。タイトルは誤植ではなく、フランス思想ならぬ「思考」である点に注目していただきたい。いったいに「○○的」(○○には国名が入る)とはどういうことか、ありやなしやの国民性の根拠を慎重に見定めつつ、その危うい架け橋へ果敢に挑む知的態度、また「思想」よりはるかに動的でスリリングな語感をもつ「思考」の流れをこの手に掴まんと追走する曲芸師の覚悟を躍躍とあらわした序章を読むだけでも、本書を紐解く値打ちが充分にあります。

取り上げられるフランス人は、マルキ・ド・サドシャルル・フーリエアルチュール・ランボーアンドレ・ブルトンジョルジュ・バタイユロラン・バルトの6名。デカルト以来の合理主義と、ヨーロッパ知識人の通用語としてのフランス語に由来する普遍主義とへ、あの手この手で反旗を翻したかれらをひっくるめて著者は「野生の思考者」たちと呼びます。思想史の傍流として(あるいは思想家とは目されず)、つねにメインストリームから排斥されてきたこれらの顔ぶれの何と魅力的なことでしょう。著者は、それぞれの専門家による先行研究の蓄積とその深度に比べて自身の知識は無に等しいときわめて謙虚な立場にたち、読者とともにまったくの白紙状態からかれらの思考を追体験しようというのが本書の主旨です。

反合理・反普遍主義と一言でくくられはするものの、各々がてんで異なる方角を向き、独自のやり方で表現を試みた6人の思考者たち。しかし、その論説をつぶさに追うにつれ、時空を超えた奇妙な影響関係が見いだされます。歴史の流れはつねに一方向ですが、バタイユのいうエロティシズムがサド哲学の実践を開いてみえるように、通常の時間の進み方を逆行する、歪んだ次元での奇跡の交歓が幻視されてくるようです。

頭蓋をひらき、思考による発熱を脳へ直接植えつけられるような刺激に満ちて、ページを繰る手が止まらなくなる一冊。紹介される6つの個性的な哲学への手引きとしてもじつによくできた本書を、機会があればぜひお手に取ってみてください。

(保田)